2015年1月1日木曜日

新年の挨拶にふさわしくはないが2015

新年明けましておめでとうございます。
頑張っている人は一休みし、頑張っていない人は頑張れば大吉。

昔から、
水清ければ魚棲まず何てことをいうが、新年早々にこう言わねばならなくなっていることが残念だ。眼に映る悪いものを排除しても誰も幸せにはならない。清らかな世界ってのはごく一部の人だけが得をする世界でしかなく、平和とか平等とかとは全くかけ離れたものだということだ。
平和ではなく安全を願い、平等ではなく同権を求めていればいいんじゃないかと思う。

未舗装の道路から大きな障害物を取り除き「これで大丈夫」とか言っておきながら小石が邪魔だと言い始める。小石を取り除いて「これでもう大丈夫」といいながら、砂粒や土くれが邪魔だと言う。舗装して綺麗な道路を作って「どうよ、これで十分」何て言いながら「舗装面がなだらかなめらかでないのでダメだ」と言う。凹凸を埋めなだらかにして「完璧だ」といいながら「表面がザラザラしている」と言う。傷ひとつないピカピカツルツルの路面がついに出来上がってしまうことになる。
その道路は綺麗すぎて、使えば痛むし汚れるから、だれもその道を使えないし使わない。

悪いものを探してそれを排除しても、その結果が良いものになるとは限らない。 目くじら立てて「禁止!」とか「排除!」とか言わないでほしいものだ。危急では無いものまでも、とにかく何でもかんでも排除しようとするのはやめてくれ。一線を引くだけで解決できるものがほとんどなのだ。一線を引いてそこから先には関わらないようにし、棲むところを分けてしまうのが一番宜しい。一線の内側に入り込むなら元の場所に戻すのが良いだろう。区別とか区分けという考え方だ。

お客さんが来たので、散らかった部屋のあれこれをクローゼットに全部押し込んでごまかしていることを正当化しようとしているのではない。ごまかしてなどいない。

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